東北に行った(4):緑の世界に・・・。

感傷的なエントリです。再掲。

http://d.hatena.ne.jp/kerodon/20130708/1373243035
(はじめに)東日本大震災の実情を知らない私が、当地について言葉を記したり、ましてや写真を掲げることは、趣味が悪くてとても下品であることは分かっている。とりわけ、しばらく先のエントリにおいては。でも記録として書いておく。

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塩竃を後にして石巻に行った。
塩竃の駅(本塩竃)に着いて、ぼんやり仙石線の路線図を眺めていたら石巻の文字が目に入った。石巻?ああ震災の被害の大きかったところだ。行ってみよう。観光客気分。反吐が出るかもしれないが、そのときの正直な気持ちだ。
路線図をよくみる。駅名が灰色の背景色に霞んでいる区間があった。いまだ修復されておらず、電車が運行できない区間らしい。具体的には高城町駅から陸前小野駅まで。繰り返すけど灰色の背景色に駅名が消されかけていた。行くことにした。
東松島まで普通に電車が走る。東松島駅で代行バスとの連絡時間が約一時間あることに違和感を覚えるくらいだった。そして、当駅は観光地松島への玄関口。宿の案内、土産物屋、あるいは名物の牡蠣を食わせる店が立ち並んでいる。なんの変哲もない普通の光景だ

右手の車体が代行バス。左手にはタクシーの運ちゃんが立っている。バスに悲愴感はなく、運ちゃんは楽しげに喋りながら気持ちよさそうにタバコを吸っている。どこにでもある観光名所の駅ロータリーの風景だ。
代行バスが走り出す。深い緑が覆いかぶさるような道を淡々と進む。おそらく窓を開けたら強い草いきれにむせぶぐらい深い緑。気持ちがいい。そして緑色にたなびく鮮やかな水田地帯を通過する。極めてのどかで平和な田園風景だ。
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ここで急に苦しくなった。まず足が震える*1。両手に鳥肌が立ち、頭が痛くなった。涙が出そうになって、それをこらえるために力が入ったからだ。
あまりにも辛かったので車窓に向かって、眼鏡をはずして小さく涙を流した。頭痛は治まった。涙を流すことは大切だな。生理的効用。恥ずかしいけど通路の向かいの夫婦に見られたと思う。
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バスは、おそらく電車が通過不能になっている駅近くを走っていると思う。でも、駅そのものは見えない。道路の関係だろう。しかし、一か所だけ駅の目の前に停留所があった。停留所に止まった。
駅。ホームに鉄柱が突き刺さっている。近くのガードレールは波打つようにねじ曲がっている。前衛芸術のようだ。そして、深々しい夏草に覆われている赤錆びた線路。ホームに刺さった鉄柱の人工的な水色、そして赤錆びた線路の対比が滑稽に感じられた。
しかし、私はこのような傷跡そのものを見ても、さきほどのように苦しくならず、また涙を堪えることもなかった。さっき小さく泣いたからか。あるいは、あまりに非日常な光景で現実感がなかったからだと思う。
代行バス区間が終わり、復旧した仙石線に再び乗り石巻駅へ。効きすぎている強い冷房。具体的な肉体感覚として感じられる冷たさ。いつもなら不快に感じるであろうそれが、力強く感じられた。
石巻。町の風景は普通だ。しかし、なんだか奇妙な違和感を覚えた。考えてみた。そうだ、まるでおとぎ話の国に迷い込んだみたいだったのだ。真新しく小奇麗な家が画一的に建ち並ぶ。人間が感じられない風景。そして、もちろん歴史のない空間。
倒れかけた電柱を前にして立ち上がろうとしていた。

東松島駅に戻る。東松島市のマップだ。

何の変哲もない案内板。でも普通に描かれている路線図だが、陸前大塚駅から陸前小野駅まで電車は走っていない。野蒜駅に大きく記されている「観光案内所」。今でも機能しているのだろうか?迎えてくれるのか?
まだ、日常の中に非日常が残っていた。

*1:正確には座席に座っていたのだけど、もし立とうとしても力が抜けて立てないような感じ。