けろやん。メモ

はじめまして。こんにちは。

 鴨はかもでも、少し考えていたのカモ

■藤原新也は鴨長明を目指しているのかも

倫敦橋さんの上記エントリを読んで、「鴨とかも」を掛けやがって!心憎いものであるよな!と思った。というのは、冗談で、上記エントリで引用される藤原氏の音楽に対する姿勢、

彼は東京に出るとすぐに郷里で手にしていたギターの教則本の著者、武蔵小山にあった溝渕浩五郎の門を叩くのだが、3ヶ月で退所している。自由奔放なラテンギターをやるための、厳格なクラシックギター堅苦しいレッスンが肌に合わなかったのだ。

という一文を読み、私は、藤原氏に対して幻滅を覚えた。そこで、

[play_music]少なくとも藤原さんの楽器への姿勢は、音楽への冒涜だな。

という、ブックマークコメントを記した。

そして、現在でも、その気持ちには変わりは無いのだが、ふと、別のことを考えた。アメリカ南部のルーツ・ミュージックというコマーシャルな言葉で、語られる音楽について。例えば、下記のCDジャケットの写真。

How to Play Blues Guitar / 18 Pg Booklet

How to Play Blues Guitar / 18 Pg Booklet

注目すべきは、右から四人目の男性が地べたに置くチェロ。弦が一本欠落しているのである。D線。そして、楽器本体も傷だらけである。これが、一つの「ルーツ・ミュージック」の真実なのかな?と思った。