けろやん。メモ

はじめまして。こんにちは。

 飯嶋和一「汝ふたたび故郷へ帰れず」〜帰るなかれと思ってた。

汝ふたたび故郷へ帰れず (小学館文庫)

汝ふたたび故郷へ帰れず (小学館文庫)

表題の本を再読。今回は、再読ではあるけれども、流し読みなら数知れず「読んだ」本です。初読の時に感想文を書いた記憶があったので、色々と探してみたら、見つかりました。

http://keroyan.exblog.jp/1156320/

日付を見てみると、2005年3月17日ということで、三年ほど昔の感想文。再読した今回とかつて感じた印象に大きな違いはなかった。あえて、違いを強調するならば、やっぱりベタベタ(予定調和的というような意味)な物語だよな!という思い。でも、そういうベタも私は好きだ。

さて、ベタベタを示すために、あらすじを書いてみましょう。

主人公は、弱小ボクシングジムに所属して、ジムの会長でありトレーナーを「老いぼれ犬」と呼んでいる。その所以は、まさしく老いているが故に、主人公のトレーニングもままならないこと。そして、本人は「大きな試合」を望んでいるのだが、マッチメイクは望むべきもない。焦り、苛立つ主人公。

そして、格下相手に投げやりな試合を行い、辛くも勝利を収めるが、彼の心は腐れ切ってしまう。酒に溺れ、意識混濁状態のグダグダになり、もはや奈落の底。そんな彼だが、「修理屋」と呼ばれる人物の手により、肉体的、精神的には回復する。しかし、ボクシングへの心は戻らない。

一年間、食堂の厨房で油まみれになりながら金を貯める。そして、貯まった金で故郷(宝島*1)に帰り、自らの足跡を辿ることで、再び、ボクシングに向かって走り出す。すなわち、回復した精神・肉体に加えて「心」が回復する。そのときの描写が素晴らしいので、引用してみましょう。

靴紐を結びながら、不意に耳元まで「戦いたい」という思いがこみあげ、紐を握った指が震えた。(略)「走るな」そう声にして自分へ言った。一度走り出してしまえば、どこへその道が通じているのかはわかりきっていた。ただつらいばかりで、報われることの少ないあの道へ、また戻るハメになる。

走り出した彼は、東京に戻り、再びトレーニングにのめりこむ。そして、今まで、見えなかった(あるいは見ようとしてこなかった)周囲の温かさを見出す。例えば、トレーナーであり、例えば、応援してくれていた地元商店街の人々の思い。そして、既に他界した「老いぼれ犬」に対してさえ、畏怖の念を抱くようになる。

で、上記のリンク先に記したように、彼は再びリングに上がり・・・。

−−−
さて、再読した今回。微に入り細にわたる筆致で描かれる、試合、あるいはトレーニングのシーンも印象的だったのだけど、復帰の試合前の情景描写に、私は包み込まれた。引用してみましょう。

何もかもが、これまで忘れていた鮮やかさでそこにあった。一瞬、息を呑んだ。高い山から車で急に降りて来ると、耳の奥が詰まったようになり、それを忘れた頃、アクビ一つで突然まわりの物音を再び耳が捕らえ出す瞬間のように、何もかもが急に新鮮な重みを取り戻してそこにあった。
『どうしたんだ?』
おれの正面にワカダンナ*2が立っていた。いつもの表情を崩しはしなかったが、どこかこわばった顔つきをしていた。
「見えるんですよ」
『何が見える?』
「何もかも。・・・・・・きれいだ」

・・・自分でもよく分らない感想文だけど、そんな話です。

最後に、力の湧いてくる一節をどうぞ。*3

ただ時間を見送っていただけの頃。島へ帰るための金を作るだけで生きていたあの日々。生きているのか、死んでいるのか、わからないような毎日だった。ただ一つだけ、はっきりしているのは、もう、あんな何もしないでメシばかり食っているような日々だけはごめんだと思っていることだった。

以上。

付記

ボクシング「第72回 フレッシュボーイ〜未来のチャンプ」を観に行きました。アット後楽園ホール

根本博一選手。一ラウンド開始3秒後くらいのバッディングで、その後、わずかに戦っただけで引き分けに終わってしまったデビュー戦。顔つきを見るとこれから活躍しそう。活躍してきた際に語られる引き分けデビュー戦だといいな。
7戦4勝(3KO)3敗の相手を一発ノックアウトで倒した、これまたデビュー戦の青柳直也選手。リング上で涙をグローブで拭う姿が印象的だった。
それから、由良彰悟選手。彼の愛嬌と、追い込みのワンツーアンドetc.は凄いね。最後はKOを狙いにいって果たせなかったのか、悔しそうにロープを叩いていた。今度は、ガンバレ!

*1:実際に存在する島です。

*2:ジムの会長兼トレーナーのことです。

*3:これまたベタなところを引用して恐縮ですが・・・。