けろやん。メモ

はじめまして。こんにちは。

 世間は麺独裁みたいだけど、私は米を喰いたい。

先日、朝日新聞天声人語」を誉めながら貶したね。
けろやん。メモ:同じ鍋のパスタを食べた仲間
上のエントリで書いたように、なかなか人語を解する天声が書いていた。電子で読むのは会員獲るとかで麺独裁(めんどくさい)ので、紙から引用してみよう。

仲間同士の結びつきを表すのに「同じ釜の飯を食った仲」という。「同じ鍋のパスタを食べた」とは聞いたことがない。

という出だしの天声。で、夏の青田、黄金の穂波、心の古里という美辞が続く。美辞天語はありきたりで、別にどうでも良いのだけど、先に引用した言葉が気持ち良かった。
と思ったのは、数日前のことであり、それから月日が流れて考えてみると「同じ鍋のパスタ」って大いにあるんじゃない?
たとえば、お金がないけど海外で勉強しようと日本を飛び出して、3人くらいでルームシェア生活する人たち。パスタは「腹がおきる」*1し安そうだし、なにしろそういう体験録って書物とかでたくさん読んだぞ。
他にも東アジアから日本にやってきて、やっぱりお金がないから、大きな鍋に安い食材を大量に投入して、最後に古里の味付けをしてみんなで食べる。この光景なんて当たり前なんじゃないかな?
ということで、天声人語の人ってヘンなこと書くものだな。
−−−

ちょっと古いけれどもネット上でも米の話が盛り上がっていた。

極貧やニートにとっては、米は高くて食えなくなっているという現実
TPP絡みの米の話ですが、そもそも、貧乏なひとは米くってない。

いきなり過激な結語で始まりました。これって、読者を誘いこむ常套手段なんだかけどね。上等じゃない常套は横に置いておいて。続けてみよう。

一食あたりになおすと、
米:40円、米のパック:100円、うどん1玉:26円、パスタ一食分:20円
これでは、若い低所得者が米を食えるわけがない。それに味覚もかわってきてるから、毎日米をたべないと死ぬみたいな味覚のひとはあまりいません。今後は、低所得者は、うどんやパスタといった小麦のものを食べるようになる。
(太字化は引用者。また引用する際にレイアウトを変えたが内容は変えていない)

うーん。米はパスタの倍の値段か。これは困ったことになりそうだぞ。でも、米のパック100円を例としてあげるのはズルイ気がするな。
あと、米って味噌汁があれば「食事」になるよね。パスタ生食いする人ってあんまりいないと思う。ルー(っていうの?*2)って結構なお値段じゃないのかな?
ここで、反論勃発するでしょう。「パスタにマヨネーズやしょうゆをかければ食事になるんだ!パンクだ!」なるほど。
でも、私はお米が好きなので、多少値が張ってもお米を食べるな。20年くらい前に、米不足があり、貧乏人はタイ米やらベトナム米しか口にすることが出来なかった。
小さなお子さんを抱えたお母さんが「高くても子供には日本の米を食べさせます」と小さな財布を抱えて断言していた姿が印象的だった。
と、ここまで書いてきて私が米なのかパスタなのか分からなくなってきたんだけど、パスタしか喰えない境遇になってもお米に漬物でメシを喰いたいな。
以下の記事を読んだらみんなも米を喰いたくなること必至だよ(たぶん)!
待望Press Japan:貧乏人は米を喰え
おっと10年以上前の記事か。私はこの記事に影響を受けて土鍋で米を炊くようになりました。
参考:米パスタ論争に反撃ののろしが上がった(上がっていた)ようです。
貧乏人は米を食え。
中身読んでいないけどね。

*1:これ私の祖先の方言。お腹がいっぱいになること。満腹という意味です。

*2:私はパスタを喰わないので知らない。