けろやん。メモ

はじめまして。こんにちは。

 比較考察

黒崎夜話:風に葬え
http://kurosaki-yowa.seesaa.net/article/24546804.html

ひと頃、有名ブロガーを巡り、発せられた「僕らはみんなオウムだ」というセンセーショナルな惹句が流行った。センセーショナルでありながら、実際は宗教団体の使い古された広報キャッチであったようだが。

私が、この言葉を目にしたときの違和感。一つには、「俺もかよ!」という脊髄反射的な嫌悪感が根本にあったことは否定しない。しかし、そのある種自己愛を差し引いても、どうにも腰が落ち着かぬ思いに囚われた。

で、冒頭のエントリから引用。

中年の主人公が組織に追われる。
裏切りやシンパ達とのやりとり。ラストでは主人公の全身に鉄パイプやバールが打ち下ろされる。
ハードボイルドの体裁を取っているが、読後に苦い、そしてある種の祈りにも似た浄化を覚える作品だった。鎮魂歌と言ってもいい。
小嵐氏は歌人でもあり、その底には歌うこころがあるからだろうと私は思っている。

このエントリは、宗教団体と60年代末の学生運動、そして先鋭化していった革命闘争を比較提示しているように思われる。個人的には、見事に的を射た考察であると思う。このような比較が(少なくともブログ界隈で)、書かれなかったことが不思議に思われる。

そして、彼ら「闘争者」たちは、如何なる人生を送ったか。歴史を考えることが出来る私たちは、web2.0の薔薇色の未来だけではなく、陳腐ともいえる過去を調べ、考えることが必要だと思う。前や上ばかりを見ていると、ことの本質を見抜けないばかりか、薔薇色のはずの未来に裏切られてしまう。これは、私の日々肝に銘じている言葉。

参考: 
■全学共闘会議
■日本赤軍
■坂口 弘