けろやん。メモ

はじめまして。こんにちは。

 BBBBナッシング。感情に対する積極性の欠落、あるいは感傷的に過ぎる山。

くっそー!人気エントリを引用して、寒さの中、頭は暑苦しく一所懸命に書いたのに反応ナッシング。
「おい」と声を掛けたが返事がない(「草枕」)。「トム!」答えはない(「トムソーヤーの冒険」)。
BBBBにすらなっていない。

けろやん。メモ:BigBang氏に謝罪する
「BigBang_Bookmark_Bubble」事件(BBBB事件と称す)

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昨日、早稲田に行ってきた。駅前の書店は、相変わらずアナーキーだった。ハーレーの模型が入ったムックが小さな山になっていたり、赤本(過去問題集)が取り出すことが不可能なほどギュウギュウと本棚に押し込まれていたり。
京都大学:後期日程」もギュウの中にあった。最近仕入れたのか真新しい。誰が買うのだろうか?これから真新しい赤本で勉強する受験生がいるのだろうか?なぜ、最近仕入れたのだろうか?ちなみに「東京大学:後期日程」はなかったと思う。
入学試験がちょうど終わった頃だったらしく、駅へ向かう道は受験生たちであふれかえっていた。私は、試験の出来を語り合う「男の子」たちや、一人黙然と歩む「女の子」の波間を泳いだ。健康的な匂いがした。
ふと思った。私は、彼ら彼女らが生きてきた時間の2倍の時間を生きているのだなあ。そのせいでは全くないけど、胸が苦しくなり、涙が出そうになった。
大学生活。辛くて嫌なものだったと思う。思い出は美化される?そんなことはない。後悔?そうではないな。漠然とした思い?
感情への積極性がないというのかな。ポジティブやネガティブというのではなく、感情に対する関与の積極性が欠落しているみたいな。
辛かった生活だったけど友人もできた。辛くて嫌なものでなかったら、おそらくただ一人の友人とも出会えなかったと思う。
だから良かった。でも、これは現在から振り返って認識されるのであって、当時はどんな感じだったのか分からない。
以前、いろいろなことを書き殴っていた大学ノートを適当に開いた。嘘のような話だけど、ページには次の言葉が引用して書かれていた。

(山の向こうになにがあるかわからない)でも、人は進むのである。なにがあるのかわからないからこそ、進むのかもしれない。時に背負うものが重すぎて疲れ果て、立ち尽くし、怯んで後ずさりしたくなっても、時間が逆行することはないように、人生は振り返ることができても、引き返すことはできないから。
(大村友貴美「共謀」)

感傷的に過ぎるかな?でも「疲れ果て、立ち尽くし、怯んで後ずさりしたくても、時間は逆行しない」っていうのは実感できる。当然と言えば当然のことだけど、あらためて言葉にされると実感が苦しい。
私よりも年長の知り合い二人が「山」に向かっている。高い山だけど、そろりそろりと手さぐりで登っている。二人が山頂に立てたとしたらなにが見えるのかな?
私の山は、まだ見えない。
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久しぶりに大学ノートにいろいろと書き綴った。