「村上春樹」という言葉の極私的な受容史

村上春樹氏また落選も…ハルキスト気勢「来年必ず!」
ということです。
私は、村上春樹が基本的に好きではない。斜めに煙草を吹かして気取っているわけではないよ。ということなので、落選(って変な話だな)に対して、特段の感慨・憤慨はない。
−−−
とりあえず、私たちの世代における「村上春樹」受容史をメモしておこう。
まずは日本文学史上の「売り上げ」において金字塔となった「ノルウェイの森 (1987年)」。これが高校生のとき。友人たちと渋谷で遊びながら、たまには本の話をしていたりしていた。
そこに勃発したのがノルウェイ・ショック。もう恥ずかしくて誰も「村上春樹」とか言わなくなった。いや、言えなくなった。タブーになった。
ノルウェイ・ショック以前に村上春樹を語らっていた人々は、おそらく「知られていないが村上春樹っていうおもしろい作家がいる」というように受容していたかと思う*1
さて、ノルウェイ・ショック後、時を挟まず「ダンス・ダンス・ダンス(1988年)」が刊行される。

ダンス・ダンス・ダンス(上) (講談社文庫)

ダンス・ダンス・ダンス(上) (講談社文庫)

ノルウェイ以前三部作の最終章*2
私は、前述のように村上春樹が好きではないが、この作品だけは手垢がまみれるほどに読んだ(読んでいる)。英訳本も読んだ*3
しかし、このときもノルウェイ・ショックの後遺症が蔓延していて、「村上春樹」はタブーになっていた。「ダンス」に感銘を受けた人々も含めて。
その後しばらくして(長いしばらくだったが)「村上春樹」が解禁になった。そこへ「1Q84」。普段、本なんか読まない人間たちも「イチ・キュー・ハチ・ヨン!」と踊り叫びだした。
しかし、この現象は、ノルウェイ・ショックと似て非なるものだったと思う。「村上春樹」がタブーではなくなり、市民権を授与されメジャーになったという位置付け。←どうでも良いけどいまここ
−−−
結局、村上春樹と「村上春樹」にはマージナルな二面性が存在しているのだと思う。おそらく村上春樹さんにとっては不本意なことだと思うけれども。

*1:知られていないといっても、芥川賞候補にあがっていた。

*2:著者の真意は分からないが、「ノルウェイ」の痕跡をなくしてしまいたかったのかとも思う。

*3:英語にしてしまうとひどいものだね。日本人に生まれてよかったとさえ思った。