私の問い掛け。
kerodon 『トリルは、見えないものが見えるようになってしまったらしい。
>で、誰に歩み寄って貰いたいのですか?黒さん?
は?
このエントリのどこに、
「黒さん」がいるのだい?
そういう馬鹿は、こっちに来なさい。
⇒http://d.hatena.ne.jp/kerodon/20070610/1181460674
私が相手だ(´・ω・`)!!』
それに対したり、対してなかったりのトリル氏のレス。
トの人 『いや、不必要に少々苛つかせてしまったかも知れない事は個人的にお詫びする。
ギャラリではブログ論壇のような立場から、まっつんのような個人ブログの再活動の有無に拘わらず事の推移や報告を求める意見も有り、それはそれで「鉄は熱いうちに打て」と理はあるように思えたので、誘い水を傾けた次第。
「待った無し」の隣人との状況改善というのは、バベルの塔で言語を違えた人同士でそのような事が起こってしまった原因や構造を探るより先に現実的な対応を計るべきだという事です。
ここまで書いて、行動主体をBBさんから外部に変えたら黒さんを連想したので、またそれが一番自分にはしっくり着たので書き加えたまでです。
BBさんが「黒さんがどうなろうが知らん」と言うなら私は「そりゃそうだ」と答えておきましょう。
偶には売文さんトコにも遊びに来てやってください。』
まず、
お詫びする
で、早々とエラソウになっている。
ブログ論壇のような立場から(略)事の推移や報告を求める意見も有り
ブログ論壇(笑)?にそんな意見があるかしら?あと「ブログ論壇のような」ってなんだろう?仏壇だろうかね。
行動主体をBBさんから外部に変えたら黒さんを連想した
トリルの頭が、地球の外部に出てしまったようだ。
私は「そりゃそうだ」と答えておきましょう。
誰も、キミには意見を求めていませんが、なにか?
偶には売文さんトコにも遊びに来てやってください。
誰も、頼んでいないのに、「やってください」。プゲラッチョ!
−−−
一般に、トリル氏のような人間が、閉塞感に満ち溢れている昨今の日本社会において、「奴ら多数派」なのかもしれない。社会性の致命的な欠落。あるいは、無意識内に抱えている疎外感、と言い換えてみようか。
現実世界において、私は彼のような人間と接する機会はない。あるいは、本能的に忌避しているのかもしれない。しかし、インターネットという空間においては、そのような徹底的に陳腐な人間の発する言葉を目撃する。頻繁に。
さて、「web2.0が世界をフラット化する革命的なシステムだ」という大層な言葉が死語になって久しいことは、小なりとも知見ある人々にとっては自明のことであろう。しかし、社会性の枠組を横断して、その言説に触れることが可能になったという意味において、そのフラット化は、現実のものになったのかもしれない。皮肉な結末である。
クラス化が間違いなく進行している現実世界とフラット化が浸透しつつあるネット世界。後者では、「論壇」を形成することも、なんら裏づけのないままに「偉そうな」言説を講じることも可能である。すなわち、ネット世界は、現実世界の閉塞感の捌け口になっているのではないだろうか。カネもかからないしね。
そのように考えると、ネットカフェ難民という言葉の持つ悲哀は、苦痛に満ちている。