けろやん。メモ

はじめまして。こんにちは。

 ストレンジャー・ミーツ・エスタブリッシュメント

(2012年5月5日、k2より一部改変後転載)
ブルックナー交響曲第八番ハ短調。クラッシック音楽ファンならば、誰もが好悪両極の感情を持たざるを得ない。まず、感情が真っ二つに割れる。

評者A:天空から降りそそぐ神々しい音の結晶である。至高の芸術。奇跡。

評者B:無駄に長いだけで退屈。金管がうるさい。はしゃぐな。

人間が他者に対して、評価を下すことは可能であるが、他者の感情を制御統制することは不可能であろう。すなわち、好悪という感情を戴く両陣営への説得は邪であり、無為徒労である。したがって、ここでその是非は問わない。
特異な曲である。CD二枚組が、当然至極の常識となっているほどの大曲だ。稀に、一枚に収録されている演奏もある。だが、一枚に収録されていること、ただそれだけが瑕疵であるとの胡散臭さが、これまた当然のように流布するという特異性を持つ。長ければ長いほど素晴らしいという、迷妄。
更なる特異性。すなわち、異端の指揮者がこの曲を演奏することだけで、クラシック音楽界に名前を大きく刻むことが、ままあるということである。シンデレラボーイの生息可能性。
セルゲイ・チェリビダッケハンス・クナッパーツブッシュ、そして朝比奈隆ブルックナー交響曲第八番ハ短調を語るにおいてのみ、巷説される指揮者だ。それ以外に語られるシチュエーションはない、と断ずるに異論があるかもしれないが、これ制御不能なる私の感情。
さて、朝比奈隆

朝比奈隆 - Wikipedia
旧制京都帝国大学(現・京都大学)法学部及び文学部を卒業。(略)月給60円で2年間阪神急行電鉄(現阪急電鉄)に勤務。電車の運転や車掌、百貨店業務、盗電の摘発などを行う

異端の徒である。システムの完成したクラシック音楽界に、音楽学校を経ずして登壇した類稀なる経歴の持ち主。貴種流離譚の逆も真っ青な異端。学問と芸術を往来するトリックスターだ、なんてチャチなものじゃない。異端というイメージを排除駆逐するまでに登りつめた音楽家だ。
異端の徒が、「日本」クラシック音楽界のメインストリームであるNHK交響楽団とともに特異なる曲を演奏したこと。

ブルックナー:交響曲第8番

ブルックナー:交響曲第8番

楽団員は語る*1

朝比奈先生
今日の事を我々全員は忘れることはないでしょう!
先生の大きな心 音楽への情熱 
何よりも先生ご自身の衰えることのない向上心・・・・・・
NHK交響楽団 全メンバー

なんという赤面たる蛇足、無意味な字余り。本演奏を聴くことで既にしてメッセージは届いている。
さて演奏である。NHK交響楽団のメンバーが、これほどまでに熱情的であったことには驚く。もちろん技術は日本随一の交響楽団だ。職能集団としての精鋭であることは間違いないが、その演奏に対して、感動が心の奥底から湧きあがる、とは必ずしもいえない。
しかし、その懸念たる敗因は霧消している。職能という氷体が、液体を経ることなくして、熱情、野趣に昇華された記録。これが、1997年3月6日の記録だ。

*1:ライナーノートより。