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 野口悠紀雄「アメリカ型成功者の物語―ゴールドラッシュとシリコンバレー」(新潮文庫)〜あふれるフロンティア

アメリカ型成功者の物語―ゴールドラッシュとシリコンバレー (新潮文庫)

アメリカ型成功者の物語―ゴールドラッシュとシリコンバレー (新潮文庫)

題名は、カネカネのカネゴンの物語と思われるが、副題が示すとおり「ゴールドラッシュ」と「シリコンバレー」を比較して、両者の底流に流れる共通点を提示する書である。また巻末には索引も添付されており、読者にやさしい構成となっている。

本題に入る前に、本書は、時々刻々と変化するIT世界の話を含むので、本書の来歴を確認してみる。私が読んだ文庫本の奥付をみると2009年5月1日発行とあり、鮮度満点であるが、2005年9月の単行本「ゴールドラッシュの「超」ビジネスモデル」を改題、文庫化したものであり*1、さらに遡れば2004年4月から05年7月までの「週刊新潮」の雑誌連載をまとめたものである。*2

したがって、2008年のアメリカ発の金融危機については、本文中には触れられていない。しかし、興味深い示唆が見られるので、当該箇所を引用してみよう。

ところで、2004年9月の『フォーチュン』は、ジム・クラーク*3がフロリダで不動産開発の仕事をしていると伝えた(2005年現在、アメリカは空前の住宅建設ブームである)。

空前の住宅建設ブームには、ご存知のようにサブ・プライム・ローン問題が水面下に潜伏しており、その顕現化に際して、アメリカ及び世界経済は疲弊してしまった。「フロリダの不動産開発」はどうなったのだろうか?

ちなみに、「フロリダの不動産開発」は、1929年の大恐慌時も(後世から考えると)バブルになっており、その破裂が恐慌の引き金となった。これについては、J・K・ガルブレイス大恐慌 1929」に詳しい。

さて、本題。

本書は、冒頭に記したように、19世紀半ばのゴールドラッシュと20世紀末から21世紀初頭にかけてのIT開発、という二つの「ラッシュ」を俯瞰したものである。地理的には、いずれもアメリカ西海岸で勃興したものであり、それは、必ずしも偶然ではなく、ある種の必然性があったと本書は主張する。

まず、19世紀半ばのゴールドラッシュ。1848年に金の採集が行われた西海岸カリフォルニアに、人々が大挙して殺到した。彼らは、翌年49年から名前を取り、フォーティ・ナイナーズと呼ばれる。では、ゴールドラッシュで誰が儲けたのだろうか?

答えは、ジーンズ・メーカー(リーバイ・ストラウス)等の周辺「産業」である。すなわち、採掘者たちに丈夫な衣料を提供することで儲けた、というおよそ「風吹けば、桶屋が儲かり」的な話は有名。他にも、シャベルや金桶などの採掘に必要な物品を買い占めて、高価格で販売し大いに儲けた人物も紹介されている。このあたりの血湧き肉躍る筆致は、冒険モノのノンフィクションを彷彿させるので、そっち方面のファンも楽しめる。

さて、一方、シリコンバレーにおける「リーバイス」は何だろうか?本書では、「検索エンジン」を開発、提供しているグーグル、ヤフーなどが例示されている。検索エンジンがなければ、目的のサイトに辿り着くのは困難であり、すなわち、インターネット世界のジーンズ*4が、サイトという金鉱を掘り出すツールなのである。

ところで、ゴールドラッシュとシリコンバレーを結ぶ点は何だろうか?アメリカ西海岸?それも正しい*5

しかし、具体的な場所は、というとスタンフォード大学である。同大学は、1891年に、ビッグ・フォーと呼ばれた鉄道王の一人、リーランド・スタンフォードによって設立される。設立に先立つ1869年、東西から開発された鉄道路線が合流して、大陸横断鉄道として完成する。その最後の釘(ゴールデン・スパイク)をレールに打ち込んだのが、リーランド・スタンフォードであり、当時、彼はセントラル・パシフィック鉄道の社長を務めていた。

その鉄道王が設立した大学がスタンフォード大学であり、当時の欧米の大学では珍しく、工学部が大学設立当初から存在していた。これについて記述されている箇所が、興味深いので、やや長いが、脱線気味に引用してみる。

p.187
中世ヨーロッパの大学は、哲学部、法学部、医学部、それに神学部によって構成されていた。(中略)物理学などの自然科学は、ニュートンの時代(17世紀)に始めて大学で教えるようになったものだ。それは新しい学問であったために、「哲学」の中に分類された。その後登場したさまざまな科学、つまり化学も生物学も天文学も経済学も、すべて「哲学」と分類されたのである。
アメリカの伝統的な大学は、ヨーロッパのこうした伝統を受けついだ。したがって、自然科学、社会科学、人文科学の分野の学位は、「哲学博士」つまり、Doctor of Philosophy(略してPh.D.)ということになっている。

こうしてゴールドラッシュの舞台となったカリフォルニアに設立されたスタンフォード大学。20世紀末から21世紀末というシリコンバレーの黎明期において、設立当初から工学部を有していたスタンフォード大学はIT部門の勃興に際して重要な場所となった。

例えば、グーグルは、1998年にスタンフォードの学生だったラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンにより設立される。他にも、ヤフー、エキサイトもスタンフォード大学の学生が設立している。

以上のように、本書はアメリカのエネルギッシュな陽の側面を提示している。すなわち、以前書いたこちらのエントリのように、アメリカには陰の部分も存在する。輝かしい陽の部分だけにとらわれて、日本もアメリカ型の社会にすべきだ、と即決するのではなく、幅広く見渡す必要があるだろ、と思いますね。

*1:そう、著者は、例の「「超」整理法」などの「超」本の野口氏なのです。また、「超」ほど派手ではないが、氏は日本経済史の研究において、1940年体制という興味深い提起を行っています。

*2:時事的な書物に関しては、このように来歴を把握しておくことが、非常に重要だと思っています。新書とかね。

*3:ネットスケープの大口出資者であり、同社のIPOで役56億ドルの資産を手に入れた。引用者注。

*4:というかシャベルの方が分かりやすいかな?

*5:本書に挿入された口絵の写真をご覧になればわかります