けろやん。メモ

はじめまして。こんにちは。

 クレンペラーとカラヤン@フィルハーモニア管弦楽団

聴いている。

ベートーヴェン:交響曲第9番

ベートーヴェン:交響曲第9番

1957年、録音。でも、音質が気にならないほどの録音状態。

メモ。

フィルハーモニア管弦楽団 - Wikipedia
カラヤンはフィルハーモニアを率いてヨーロッパ大陸ツアーも成功させ(1952年5月)、それは創立10年に満たない楽団の地位向上に貢献した。
(略)
フィルハーモニアとの良好な関係を構築したかに見えたカラヤンは、1955年にベルリン・フィルの首席指揮者に就任してしまい、その後期待されたカンテッリが1956年に悲劇的な航空事故で急死したことで、リーダー不在の危機が囁かれたが、レッグは大戦後ポジションに恵まれなかった観のあるオットー・クレンペラーをトップに据えることを決断、1959年にはクレンペラーは常任指揮者(後に終身)に就任し、そこから多くの名演奏、名録音を残す。
(太字化は引用者)

で、クレンペラーは、

オットー・クレンペラー - Wikipedia
1885年5月14日 - 1973年7月6日)はドイツ出身のユダヤ人(後にイスラエル国籍になった)指揮者。
(略)
1954年(69歳)からフィルハーモニア管弦楽団とレコーディングを開始したクレンペラーは、EMIから多くのレコードをリリース。これにより、忘れられていた彼の名は広く知れ渡り、巨匠として世界的な名声を得ることになる。
(略)
晩年は体の衰えが著しくなり、1972年1月に公開の演奏活動から引退を表明
(太字化は引用者)

カラヤンが、1908年生まれに対して、クレンペラーは1885年生まれ。

はてなキーワードも詩的に充実しているね。

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