けろやん。メモ

はじめまして。こんにちは。

 山下澄人「しんせかい」(新潮社):火の灯らぬ文学世界

読んだ。

しんせかい

しんせかい

第156回(平成28年/2016年下期)芥川賞受賞作品。
知り合いたちとやっている読書会で取り上げようとしていたんだけど、私は都合で読書会に参加できなくなったので、書き置きとしてみんなに送った文章を一部改変の上でメモしておこう。
読書会についてはこちら。
けろやん。メモー読書会報告〜あふれ出るタバコのメタファーにお楽しみ!
この後、坂口安吾「風博士」「不連続殺人事件」、横溝正史「獄門島」をテキストにして開催した。
以下、今回の書き置きのメモ。
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山下澄人「しんせかい」(新潮社)についての感想

まず登場人物の多さに物理的な尺(紙数)が追いついていない。したがって個々の登場人物たちの造形の薄さに驚かされた。これは主人公を浮かび上がらせようとする作者の意図かと思いきや、主人公の造形も薄い。
主人公。(言葉は悪いが)知恵遅れの青年がモラトリアムの甘えを持って、新世界にもぐりこんだが、何も得られなかったという人物としてしか認識できなかった。各種描写のディテールも同様。
あえて別の読み方をすると、知恵遅れではない作者が自己を投影する自然主義文学(私小説にまで昇華されていない)という形式に仮託して、知恵遅れ的な人物と彼を周囲する物語を読者に提示することにあったのかもしれない。しかし作者の芥川賞受賞インタビューを読む限り、この可能性は絶無だと思う。
感想については以上。
つぎに印象に残った選評について。

村上龍
つまらない。私は『しんせかい』を読んで、そう思った。他の表現は思いつかない。「良い」でも「悪い」でもなく、「つまらない」それだけだった。

島田雅彦
『しんせかい』は無個性のおばかさんが半自給自足生活のかたわら、劇団修行に励んだ青春時代を淡々と記録したもので、山下清の日記に通じるペーソスもあり、また人間関係の悩みも機微も排除した結果、立ち上がってくる無意味さに味があるものの、なぜこれが受賞作になるのかよくわからなかった。

山田詠美
『しんせかい』。シンプル・イズ・ベスト。その美点を十分に生かしていて、だからこそ、ここぞというところで文章が光輝く。<それでもこの星はものすごい速度で太陽のまわりを回っていたから、熱と光の届かぬ位置から抜け出して、春が来た>・・・・・・ただの文字の羅列が作者の采配次第で新品に生まれ変わる見本。お見事。

読書会に参加して(略)、上述の選評について意見を聞きたかった。とくに山田詠美が絶賛している点。
以下は余談。
なぜ本作が芥川賞を受賞したのか。順当に考えれば、他の候補作の出来があまりにも酷かったが故の消去法。穿った見方。本作は新潮社から刊行されている。芥川賞文藝春秋社主催によるもので文藝春秋作品(たとえば文藝賞受賞作品)から選ばれるのが常であるが、持ち回り的に新潮社候補作品が受賞したという文壇的配慮。
以上、極めて辛口に書きましたが、あくまで個人的な感想です。各人それぞれの読み方があるでしょう。また、私は作品を批判的評価しているのであり、富良野塾あるいは、その塾生一般に対してのそれではありません。
さらに、選評の誰かが書いていましたが、「しんせかい」は山下氏の作品にしては異色であるとのことで、他の作品は「まっとうなもの」かもしれないと思わないでもありません。
最後に。もし次々回に読書会をやるなら、物語性がしっかりした作品をとりあげませんか?京極夏彦に戻るとかウンベルト・エーコ(「薔薇の名前」しか読んでいませんが・・・)とか。個々人の感想だけではなく、構造的な解釈(読み解き)できる楽しさが生まれると思います。
以上
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作品を一読して「中学生の作文かよ!」と思ったことはここだけの内緒。